月報6月(2026年度)
6月テーマ「3歳児:さわってみよう/4・5歳児:考えてみよう」 園長 美園 実保
5月の園庭の空に気持ちよく泳いでいたこいのぼりたちも、降り出す雨を前にいなくなりました。乾燥状態をキープさせながら来年の5月までお休みです。子どもたちも4月からスタートした園生活が2ヶ月が経ち、遊びや友だちとのつながりが少しずつ広がって来ているように感じます。私自身も子どもたちの4月からの新しいクラスが、なかなかパッ!と頭に浮かばず、子どもたちに助けてもらい、時折、昨年のクラスが出てきたりと日々自分自身の記憶力に抗いながら過ごしています。子どもたちも3歩進んだかなと思えば2歩戻り、また進みと『行きつ戻りつ』しながらも一緒に確実に1歩は進んでいます。
そのような中、時折、子どもたちの歌声を耳にすることはありませんか?保育者の歌声、お友だちの歌声を聴き、文字では無く、耳で覚え、考えて音階と歌詞とを組み合わせ、自分の中で習得しています。
♪「ことりたちは〜」♪「ちいさいたねは〜」♪などなど季節の歌や讃美歌(キリスト教で言う神さまを讃える歌)を口ずさむ子どもたちの声に耳を傾けることがあるでしょう。園では朝の自由遊びが終わり、片付けを終えて各クラスに帰って行きます。水分補給をしてお着替えをしたり、排泄を済ませ、手洗いを済ませみんなで輪になって座ります。一人二人と輪につながりいつの間にかスッキリした顔で子どもたちが顔と顔を合わせていると保育者のピアノの音が各クラスから聞こえてきます。その音に重なるように子どもたちの歌声がこちらもいつの間にか聞こえてきます。嬉しそうに歌っています。すごいことですね。やっぱり神さまはすごいなあって思います。私たち人間に歌うことの喜びを与えて下さったのですから。その喜んで歌うこと、何となく歌いたくなること、聴いて覚えてまねてみること、実は良く考えながら歌っているのです。日常の中で試し歌いを鼻歌でも始めた時は、黙ってあえて声はかけず、そぉーっと聴いてみてください。
6月の聖書の言葉は、卒園生に贈る新約聖書(イエスさまが生まれてから)の前にある旧約聖書から選ばれています。『見よ、それは極めて良かった。』という聖書の言葉です。断片的ではありますが何となく「見てごらん。それって、すごーくいいよねー!」とか「見て!見て!これってめちゃくちゃいいねー。」が今風の言い方でしょうか…。そうなんです。キリスト教保育では、この世界に存在するすべての物は、神さまの創造された被造物と考えます。ですから、あらゆる自然、小さな生き物、そして昔、子どもだった大人(保護者、保育に関わる大人)も子どもも神さまが一人ひとりを創造されたのです。その時の神さまの喜びの言葉と理解します。そこには、否定では無く、実に肯定の極みなのです。神さまがわたしたちも子どもたちも肯定して喜んで創造されたのですから私たち大人が勝手に否定でスタートしてはならないのです。その肯定のスタートの喜びの言葉に一緒に心から共感して喜んでくれるのは、誰でもなく子どもたちなのです。その子どもたちが、この6月も自然の中で小さな生き物や虫たちと出会い、発見して喜び、「見て!見て!」と五感を使って触り、考え、活動していくのです。そんな子どもたちの近くに居れて幸せなことです。どうぞどうぞ、子どもたちと一緒にレインコートを着て雨の日を楽しんでみませんか…?
6月の聖書の言葉 伊集院キリスト教会牧師:馬渡 健太郎
“見よ、それは極めてよかった”(創世記1:31)
6月に入って暑くなり、雨も多くなってきました。皆様、いかがお過ごしですか?
聖書の一番最初の「創世記」という本には、雨も風も草木も動物も人間も太陽も、全てのものは神様が造ってくださったと書かれています。その最初の世界には争いや戦いは全く無く、全てが調和していたのです。
人間に悪い心が入った事で争いや戦いが起こるようになり、それは今も続いています。しかし、大きな苦しみ悲しみの中にあっても、私たち一人一人に命を与えて支えてくださっている神様を通して物事を見ていく時、マイナスにしか見えない事の中にも「良い事」を見つけていけるように、神様が私たちの心を、より強くしてくださるのです。
辛い時苦しい時、声に出さなくても心の中で言うやり方でも良いので、その事を神様にお話してみてください。神様が皆様の心を強めて、嫌な事も神様がくださった成長の為の鍛錬と受け止めさせてくださり、「極めて良い」と思う事が出来るように導いてくださいます。
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