月報5月(2026年度)
5月テーマ「3歳児:かんじて/4・5歳児:なんでだろう・どうしてだろう」 園長 美園 実保
幼稚園の園庭に立ついちょうの木は、当然のことながら冬の間は、みごとに1枚の葉も無く、木の幹、枝まで良く見えて枝のすきまから空を見上げることができました。ところがどうでしょう。4月を過ぎて、小さな新芽のような葉が出て少し緑色をまとい始めたな…と思いつつ毎日毎日葉のみどり色が、膨らみはじめました。まさに毎日毎日の変化がおもしろいのです。そして5月を前にもう下から上を見上げても葉っぱだらけです。季節の巡りをしっかりと感じます。
もう一つ。子どもたちとみんなでよーく見ているのが玄関近くにあるいちごのプランター。園バスの運転を昨年まで頑張って下さったN先生からのだいぶ前のプレゼントでした。冬に追肥を続けて今年の4月以降、よく実を付けてくれます。いちごが座れるように土の上にわらも敷いています。小さな白い花をポツポツとつけて、葉っぱも元気です。子どもたちが不思議そうに寄って来て良く見ています。この花の真ん中がいちごになることも知っている子もいます。「へえ〜。すごいね〜。」と顔をくっつけてなんでだろうと初めてそこから広がるいちごの成長を見入ります。しばらく動かず、登園時のお母さま、お父さまも苦笑い…。こちらも毎日毎日、観察が始まります。 観察を続けているお友だち軍団から衝撃の報告。「先生、来て!来て!大変、まだ白いあのいちごを誰か取ってる…。下に落ちてるよ…。」あるあるなのです。「赤くなるまで待たないといけないことをまだ、知らないお友だちがたくさんいるからみんなに先生からお話しするねー。」でどうにかその場は落ち着きました。そこで、みんなに「白い美味しいいちごもあるけど、幼稚園のいちごは、赤くなるまで待ってから食べられます。触るのは少し我慢してお目々でよーく見て、赤くなったなあと思ったら先生たちに教えてから一緒に取ろうねー。」で納得してくれました。(笑)自由遊びの時間はそれからというもの、いちご観察にぬかりがなく水やりも代わる代わるで子どもたちがたくさんかけてくれます。もうお水、満タンです…が聞こえてきそうです。毎日じょうろで、ぱんだから進級したAくん、Jくん、Hくんも園庭中のお花の水やりを頑張ってくれました。そこから広がる水遊びにいち早く変化しながら楽しんでいます。さあ、観察中のみんなから食べ頃サインに「もう、赤いよ。食べられるよー。」と。収穫をしたいお友だちが次々と集まり、じゃんけんで決めます。勝って喜び、負けて泣きそうで、4、5個穫れました。そこにはたくさんの子どもたち。洗ってから縦に小さく切ってお祈りをして、分け合いました。「食べたらお気持ち聞かせてね〜。」というと、お店のいちごとレベルが違うはずなのに幼稚園でその場所に集まったお友だちと食べる味がおいしいのか、「美味しいよ〜。」と男の子たち。ちゅうりっぷの赤帽子の女の子のAちゃん、「甘酸っぱい!美味しいよ。」たんぽぽ組の青帽子の女の子のKちゃん「すっごく嬉しい気持ち。」さくら組の青帽子の女の子のHちゃんは、「酸味があるけど、美味しい!」と。「酸味!」の語彙には、感心してしまいました。自分なりにまとめてしっかりとお話ししてくれました。
5月の新緑の季節、連休にお休みが取れるご家庭、取れないご家庭は、振替休日で、土日でもぜひぜひ自然の中にお子さんと出かけて下さいね。自然の中に出かけることは、お金をかけずにみんなで一緒に楽しめます。そして、自然に触れることは、大人も子どもも元気になれます。私たちみんな、自然の中に帰ることはとても大切なことです。自分たちのちっぽけさを再確認して、不思議がる、怖がるこどもたちと一緒に自然の神秘さ、不思議さを感じましょう。自然を知ることは、人間には到底創り得ない、神さまを感じることにつながります。連休明けには、近場の城山公園(じょうやま公園)で親子遠足を計画しています。下見も兼ねてお出かけください。園だよりにも道順も記載しています。今しかない成長の中にある子どもたちとこの5月、新緑の季節を一緒に楽しみましょう。
5月の聖書の言葉 伊集院キリスト教会牧師:馬渡 健太郎
“これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。”(マルコ12:11)
5月を迎えて暖かくなってきています。皆様、いかがお過ごしですか?
私たちの毎日の生活には、不思議な事がたくさんあります。私たちのいのちは色々なもので支えられていますが、生きる為に一番大事なものは肉眼では見えないし、耳で聞くことも出来ないものです。見たり聞いたり出来なくても、それは確かに私たちの側にあって、私たちのいのちを支えています。「”それ”とは何か?」の答えは幾つかありますが、自然界にあるものとしては、酸素です。今は科学の力で酸素を作る事が出来ますが、科学が生まれる前から神様は酸素をこの世界に与えて下さっています。酸素は体のいのちを支えますが、心のいのちを支えるのは神様の愛です。
今から約2千年前、神様はイエス様という人間になって赤ちゃんとしてこの世界に来てくださり、私たちの辛さを知ってくださいました。そして人間の弱さや間違いを代わりに背負って十字架の上で全てつぐなってくださり、蘇られて、今も私たち一人一人のそばに居て、支えてくださっているのです。
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